三島博士顕彰会パンフレット

三島博士顕彰会とは、淡路島の洲本市五色町が生んだ偉人。三島徳七博士と長男の三島良績博士の親子二代を顕彰し併せて健全な青少年の育成に寄与することを目的に、平成9年6月に設立されました。


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7上部ノズル支持格子ペレット燃料棒下部ノズル炉内計装用案内シンブル(中心部)制御棒案内シンブル西暦(年号)1921年(大正10年)1942年(昭和17年)1944年(昭和19年)1945年(昭和20年)1947年(昭和22年)1949年(昭和24年)1950年(昭和25年)1952年(昭和27年)1956年(昭和31年)1957年(昭和37年)1963年(昭和38年)1964年(昭和39年)1971年(昭和46年)1975年(昭和50年)1977年(昭和52年)1981年(昭和56年)1982年(昭和57年)1984年(昭和59年)1985年(昭和60年)1986年(昭和61年)1988年(昭和63年)1990年(平成2年)1991年(平成3年)1993年(平成5年)1994年(平成6年)1995年(平成7年)1996年(平成8年)1997年(平成9年)できごと東京で、父徳七、母二三子の長男として生まれる東京帝国大学第二工学部冶金学科入学東京帝国大学第二工学部冶金学科卒業、同大学院入学大東亜会館(現・東京会館)で百島恒子と結婚東大切手研究会設立東京大学大学院修了東京大学第一工学部付属綜合試験所専任助教授付属綜合試験所野球チーム監督東大75年記念切手発行(良績博士の撮影した写真が原図となった)東大切手研究会顧問原子力工学科野球チーム監督東京大学工学部教授(核燃料工学、基礎工学)日本金属学会功績賞受賞日本原子力学会賞受賞東大野球部長(~昭和57年)原子力工学科野球チーム総監督第1回原子力学会賞受賞後楽園球場で、還暦記念の野球大会が研究室一同により開かれる東京大学退官後、東京大学名誉教授となるチタン30年功労賞受賞郵政事業功労により、前島賞受賞金属学への貢献により、村上記念賞受賞高融点金属研究と工業標準化への功績により、米ASTM功績賞受賞ジルコニウムへの貢献により、クロール国際賞受賞(受賞決定は昭和61年)日本原子力学会会長(~平成2年)日本学術会議会員(~平成3年)フランス金属学会名誉会員第17回日米大学野球日本チーム団長を務めた功績により、日本スポーツ賞受賞原子力平和利用研究への貢献により、米国原子力学会(ANS)シーボルグ賞受賞中華民国技能学会賞牌“技能師儒”を受ける米国ASTMシンポジウムアオード・メダルを受ける米国原子力学会(ANS)に「三島賞」設立神宮球場で、古稀記念の草野球大会が開かれる原子力関係の猫好き17人で「猫の会」発足草野球180勝達成食道がん手術を受ける国際原子力学会協議会(INSC)会長(~平成8年12月)勲三等旭日中綬章受章1月12日死去。75歳良績博士の歩み


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